宇都宮地方裁判所 昭和34年(行)6号 判決 1961年5月10日
原告 玉木栄吉
被告 宇都宮税務署長
訴訟代理人 加藤宏 外四名
主文
被告が昭和三三年六月三〇日付でなした原告の昭和三二年度の所得税に対する更正処分はこれを取消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一原告の主張
(請求の趣旨)
主文同旨の判決を求める。
(請求の原因)
(一) 原告は国保運営協議会委員として勤務しているもの、原告の妻訴外玉木キヨは宇都宮市江野町三一一四番地において飲食店業を営んでいるものであるが、原告はその給与所得については源泉徴収を受けている。
(二) 原告は玉木キヨの代理人として玉木キヨ名義で昭和三三年三月一四日宇都宮税務署において被告に対し昭和三二年度分の所得税について、総所得金額(事業所得)一四三、〇〇〇円、控除額一八四、四〇〇円、課税総所得額〇、所得税額〇となる旨の確定申告をなしたところ、被告は原告に対し、原告の給与所得三四、二三七円のほか、玉木キヨ名義で申告した事業所得一四三、〇〇〇円、及び無申告の譲渡所得二、六八七、七八八円の所得があると認定し、所得控除額一八四、四〇〇円、課税総所得金額二、六八〇、六〇〇円と決定し、税額を八九六、三六四円と認定した上、右税額より源泉徴収税額三、九二〇円を控除した差引申告納税額八九二、四四〇円に、過少申告加算税四四、六〇〇円を加算して、昭和三三年六月三〇日附をもつて、原告の昭和三二年度の所得税額の更正処分をなし、その旨を原告に通知した。
(三) 然し乍ら本件更正処分は次の理由により違法であるから取消されるべきである。
(1) 納税義務者より確定申告書の提出があつた場合において、申告書に記載された事項が政府(税務署長)において調査したところと異るときは、政府はその調査により申告額の更正をなし、その旨納税義務者(申告者)に通知しなければならない(所得税法第四四条第一項第七項)。
而して本件更正処分により更正せられた確定申告は、原告が妻玉木キヨの代理人として玉木キヨ名義でその事業所得につき申告したのであつて、原告が自分の名義で申告したのではないから、原告の申告に対する更正処分はあり得ない筈である。然るに被告は不当にもこれを原告の申告と断定して申告額を更正し、原告に対し更正処分の通知をしたものであつて、本件更正処分は更正処分の手続に違反した違法がある。
(2) 被告は本件更正処分において、原告に一四三、〇〇〇円の事業所得があると認定しているが、第一項記載のとおり、原告は国保運営協議会委員として勤務しており、右事業所得は玉木キヨの飲食店営業より生じたものである。
すなわち、原告は昭和二年以来宇都宮市池上町三〇三八番地において玉木薬局という名称のもとに薬局を営んでいたが、営業に失敗し、昭和三一年六月破産同様の状態に陥つて閉店の已むなきに至り、昭和三二年六月二五日宇都宮税務署、宇都宮市役所、栃木県税事務所に廃業届を提出した。一方玉木キヨは昭和二九年九月二六日から同所において飲食店営業を営み、その後同市江野町三一一四番地に移転し、右営業を継続して現在に至つているのであつて、右営業の経営者が名義上も実質上も玉木キヨであることは、次の事実によつて明白である。即ち、
(イ) 飲食店の許可名義人は当初より玉木キヨである。
(ロ) 飲食店営業の売上金の収支は全部玉木キヨが管理している。
(ハ) 顧客の飲食の申込又は座敷での接待も全部玉木キヨがしている。
(ニ) 飲食店として最も重要な米飯提供業者の登録は玉木キヨ名義でなされている。
(ホ) 雇人の雇入れ解雇も玉木キヨがしている。
(ヘ) 昭和三二年度における営業所得の申告も玉木キヨがなし、宇都宮税務署もこれを受理している。
(ト) 宇都宮税務署では玉木キヨを営業者として認め、昭和三三年度昭和三四年度においては玉木キヨに対して所得税を課している。
(チ) 原告は慢性アルコール中毒による耳及び眼の障害及び心臓肥大症のため、営業活動は不可能な状態にある。
従つて原告には飲食店営業による事業所得は存しないのに拘らず、これを原告の営業であるとしてその課税額に加算して更正処分をなしたのは更正処分の内容が事実に反し違法である。
(四) そこで原告は、被告に対し本件更正処分について再調査の請求をなし、その取消を求めたが、被告は右更正処分を正当として原告の請求を容れなかつたので、原告は更にその上級官庁たる関東信越国税局長に対し審査の請求をなし、その取消を求めたが、同局長は昭和三四年五月二三日附をもつて原処分を正当として原告の請求を棄却し、その旨を原告に通知した。
(五) よつて原告は原処分庁たる被告を相手方として右更正処分の取消を求めるため本訴に及んだ。
(被告の主張に対する答弁及び反駁)
(一) 被告の主張第一項(1)及び(2)は否認する。第一項(3)は認める。
第一項(4)のうち、原告が昭和三三年三月一四日宇都宮税務署に出頭し、添田事務官に対し、被告主張の事項を記入したうえ源泉徴収票を貼付した確定申告書を呈示して、所得税額の計算その他所要事項記入の代筆を依頼し、これにもとづき同事務官が申告書の所要事項を記載したことは認めるが、その余の事実は否認する。右確定申告は原告が玉木キヨの代理人として行つたものであり、原告名義の源泉徴収票は税務署より申告者以外の家族の収入をも明らかにせよとの要望があつたので添付したにすぎない。又申告書第四頁氏名欄の記載については、原告は玉木キヨ名義の代筆を依頼したのに拘らず、添田事務官は誤つて原告名義で記載したので、訂正方を申入れたところ、同事務官はこれを承諾して栄吉の二字の上に二本の線を引いてこれを抹消した後、その上部余白にキヨの二字を書き入れたのであり、原告はこれを確認した後キヨの実印を押捺して右申告書を提出したものである。
第一項(5)のうち、被告主張の如き内容の更正処分があつたので、原告は再調査並びに審査の請求をなし、これに対し被告主張の如き決定処分があつたことを認め、その余の事実は否認する。
(二) 被告の主張第二項(1)は否認する。昭和二九年度分、同三〇年度分、同三一年度分の玉木キヨの営業所得の申告は、その当時原告が薬局を営んでいたので、原告が合わせて申告していたものであるが、同三二年度分は、原告経営名義の薬局は廃業したので、玉木キヨ一本で申告したものである。
第二項(2)のうち、(イ)の事実のみ認め、その余の事実は全部否認する。不動産の所有名義人がすべてのその不動産を使用する事業の経営者であるということにはならない。殊にわが国の家族利度のもとにおいては、妻の事業に使用している財産は夫名義になつていることがむしろ通例である。
(三) 被告の主張第三項は否認する。仮りに被告主張の所得税額の計算が正当であるとしても、本件更正処分に前述の如き取消さるべき瑕疵が存する以上、原告はこれが取消を求める法律上の利益を有するものである。
第二被告の主張
(請求の趣旨に対する答弁)
原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする、との判決を求める。
(請求の原因に対する答弁)
(一) 請求原因第一項のうち、原告が国保運営協議会委員であること、その給与所得について源泉徴収を受けていることを認め、その余の事実は否認する。
(二) 請求原因第二項のうち、原告主張の確定申告が玉木キヨ名義でなされたこと、及び申告総所得金額が一四三、〇〇〇円であることは否認し、その余の事実は認める。
(三) 請求原因第三項(1)のうち、本件更正処分は、原告より確定申告書の提出があつたものとして、所得税法第四四条第一項第七項にもとづいてなされたことは認め、その余の事実は否認する。第三項(2)のうち、原告が国保運営協議会委員であること、原告は昭和二年以来宇都宮市池上町三〇三八番地で玉木薬局を営んでいたが(但し昭和二五年九月三〇日から昭和三二年九月三〇日までの間は有限会社玉木薬局名義で営業)、営業に失敗し、昭和三一年六月閉店し、原告主張の各官庁に廃業届を提出したこと、玉木キヨは同所(その後同市江野町三一一四番地に営業場所を移転)において飲食店営業の許可を受けたこと、右営業のための米飯提供業者の登録は玉木キヨ名義でなされていることは認めるが、その余の事実は否認する。宇都宮税務署は昭和三三年分以降の玉木キヨ名義の営業所得の申告を受理しているが、当該申告の適否については未調査であるから、宇都宮税務署が玉木キヨを営業者と認めた事実は存しない。又仮りに原告がその主張する疾病にかかつていたとしても、飲食店営業の経営に重大な支障をきたす程ではない。
(四) 請求原因第四項は認める。
(被告の主張)
(一) 原告は本件確定申告は妻玉木キヨ名義でなした旨主張するが、当該申告書が提出されるまでの経緯、並びにこれに対する更正処分と再調査審査の請求及びそれに対する決定処分は次のとおりであつて、右確定申告書は原告において提出したものである。すなわち、
(1) 被告は昭和三二年六月一三日原告に対し、所得税法第二一条の四(予定納税額等の通知)の規定にもとづき、昭和三二年分所得税の予定納税基準額三、一〇〇円及び第一期第二期において納付すべき所得税額各一、〇三〇円等を通知した。
(2) 原告は右通知に対し同法第二二条の規定にもとづく予定納税額の減額の申請又は同法第二五条所定の予定納税額の更正の請求をしなかつた。
(3) 原告及び玉木キヨは、同法施行規則第六二条(開廃業等の申告)所定の期間内に同法第六六条の二に規定する開廃業の申告を行わず、又期間経過後も右申告書を被告に提出しなかつた。
(4) 原告は昭和三三年三月一四日宇都宮税務署に出頭し、所得税課所得税第二係員大蔵事務官添田重夫に対し、別紙(二)の事項を記入し、右記載の原告の給与所得金額の受給事実を証する源泉徴収票を貼付した確定申告書(乙第一号証)を呈示して、所得金額及び所得税額の計算並びにその他の所要事項記入の代筆方を依頼したので、同事務官は原告の申述にもとづいて、申告書第四頁の氏名欄の「栄吉」の文字に附した括孤と同文字の上部に書かれてある「キヨ」という文字を除く各欄の記載を行ない、更に記載事項に誤りがあるか否かを検討したのち原告に手交した。原告は右の記載内容を確認したのち捺印を了し、原告の昭和三二年分所得税の確定申告書として被告に提出したので、同事務官はこれを受理し、申告書受付票に捺印して原告に交付した。而して原告の右確定申告の内容は別紙(一)の(ア)記載のとおりである。
(5) 被告は原告の右申告について調査したところ、給与所得の申告漏れ二、〇四五円及び譲渡所得の申告漏れ二、六八七、七八八円が確認されたので、別紙(一)の(イ)記載のとおり更正処分を行い、昭和三三年六月三〇日附で原告に通知した。
然るに原告は多額の申告漏れを発見されて更正処分を受けるに及んで、請求原因第三項記載の事項を理由の一として再調査並びに審査の請求をしたが、被告及び訴外関東信越国税局長が当該請求について調査をした結果、申告の経緯は前記のとおりであり、その他原告の請求は理由がないと認められたので、それぞれ棄却処分をした。
以上のとおりであるから、右確定申告書は原告の確定申告書として提出されたことが明らかである。
(二) 原告は飲食店営業の所得は妻キヨに帰属する旨主張するが、次に述べるとおり、右所得は原告に帰属するものである。すなわち、
(1) 原告は昭和三〇年分及び昭和三一年分の所得税の申告において、飲食店営業の所得は自己に帰属するものとして確定申告書又は修正確定申告書を提出している。
(2) 事業の所得が何人に帰属するかは、免許可名義等の形式にとらわれることなく、実質的に当該事業を経営していると認められるものが何人であるかにより判定すべきところ、
(イ) 事業の用に供された宇都宮市池上町三〇三八番地所在の土地建物の所有権者は原告である。
(ロ) 事業に要する資金の大半は原告名義で借入れて調達しており、借入についての折衝は殆ど原告が行つている。
(ハ) 仕入商品の代金決済、売上代金の収納、預金の預入れ及び経費の支払等の管理者は原告である。
(ニ) 帳簿書類の記帳その他の経理事務は原告が管掌している。
(ホ) 使用人の雇傭に関する最終的決定権者は原告である。
(ヘ) 税務調査に対する応答、及び所得税の申告書、同諸請求書等の作成はすべて原告が行つている。
(ト) 資産の取得及び譲渡等に関する決定権者は原告である。
(チ) 右のほか原告は経営全般を掌握統制している。
従つて原告主張のように営業の許可や登録名義が玉木キヨであつたとしても、事業の経営者、その所得の帰属者は原告であるといわざるを得ない。
(三) 仮りに本件確定申告は、原告が自己の名義で申告したものではなくて、原告の妻玉木キヨの代理人として右キヨの事業所得につき申告したものであり、従つて原告に対しては本来所得税法第四四条第四項による決定をなすべきであつて、同条第一項による更正をなすべきでないとしても、本件飲食店営業より生ずる事業所得の実質的帰属者はあくまでも原告であるから、事業の所得者を原告と認めて合算課税すると、納付すべき総税額は別紙(三)の(ウ)記載のとおり一、一六八、三三〇円となり、更正処分の税額九三七、〇四〇円に対し二三一、二九〇円超過することとなる。
又仮りに本件飲食店営業より生ずる事業所得の実質的帰属者は玉木キヨであるとしても、原告の主張どおり飲食店営業の所得を分離して原告の納付すべき所得税額を計算すると、別紙(三)の(イ)記載のとおり、総税額は一、〇八九、六六〇円となり、更正処分の税額九三七、〇四〇円に対し一五二、六二〇円超過する。右のとお被告のなした更正処分は、原告の主張するところによつて算出される税額よりも少なくとも一五二、六二〇円乃至二三一、二九〇円過少に決定したものであつて、本件更正処分は何等納税義務者たる原告に対し不利益を与えていないから、原告の本訴請求は失当である。
第三証拠<省略>
理由
(一) 被告が昭和三三年六月三〇日附をもつて原告に対し、給与所得三二、一九二円、事業所得一四三、〇〇〇円の申告所得のほか、給与所得二、〇四五円、譲渡所得二、六八七、七八八円の所得があると認定し、所得控除額一八四、四〇〇円、課税総所得金額二、六八〇、六〇〇円と決定し、税額を八九六、三六四円と認定の上右税額より源泉徴収税額三、九二〇円を控除した差引申告納税額八九二、四四〇円に、過少申告加算税四四、六〇〇円を加算して原告の昭和三二年度の所得税額の更正処分をなし、その旨を原告に通知したことは当事者間に争がない。
(二) 原告は、本件更正処分は、昭和三三年三月一四日原告が宇都宮税務署において被告に対し妻玉木キヨの代理人として玉木キヨ名義でその事業所得につき確定申告をしたところ、被告が不当にもこれを原告の申告と断定して申告額を更正し、原告に対し更正処分の通知をしたものであつて、更正処分の手続に違反し違法であるから取消さるべきである旨主張するので、以下にこの点を検討する。
所得税法によれば、所得税は申告納税すなわち納税義務者が自主的に税務官庁に対し所定の申告をなし、申告にもとづき所得税を納付することを原則としており、その年度の実績が明らかになつた時期において確定的な事項を記載した申告書を政府(税務署長)に対し提出し(同法第二六条乃至第二九条、これを確定申告という)、納期に所得税を納付することを要する(同法第三〇条乃至第三四条の二、但し源泉徴収を受ける給与所得者を除く)のであつて、納税義務者が所得税法による正当な納税をなした場合はその租税債務は消滅するが、申告書の記載事項が不当な場合においては、政府(税務署長)はその調査したところにもとづき申告書に記載された所得金額税額等を更正し(これを更正処分という)、その旨納税義務者に通知することを要し(同法第四四条第一項第七項)、一方確定申告書の提出をなす義務があると認められる者が当該申告書を提出しなかつた場合においては、政府(税務署長)の調査により、所得金額税額等の事項を決定(これを無申告決定という)し、これを納税義務者に通知することを要する(同条第四項第七項)のであつて、その際政府は過少申告に対しては同法第五六条第一項により、無申告に対しては同条第三項により、所定の加算税額を徴収すべきものとされている。
而して申告納税の建前からして、何人が申告したかは、申告書の名義人の記載が誰であるかによつて判断すべきもので、その名義人の記載が不明瞭なときに限り申告者の意思及び申告をする際の情況並びに申告書の内容等を参酌して名義人を判定することが許されるにすぎないものであり、国民は法律の定めるところによつてのみ納税の義務を負う(憲法第三〇条)のであるから、政府が国民に対し所得税を賦課する場合においても、所得税法に従い適正に行うことを要し、もとより恣意的な取扱をなすことは許されないのである。
従つて確定申告書の提出があつた場合において、政府(税務署長)が申告書に記載された所得が申告者以外の者に帰属すると認めたときは、申告者に対して右の部分を除く旨の確定申告の更正処分をなすとともに、その所得の実質的帰属者に対しては、その者が確定申告をなさない以上、無申告決定をすべきであつて、右申告を実質的帰属者の申告とみなしてその者に対し更正処分することは、所得税法第四四条第一項第四項に違反し違法たるを免れないから、右更正処分には取消さるべき瑕疵が存するというべきである。
(三) そこでこれを本件について検討するに、作成名義(すなわち原告が妻キヨの代理人として申告したのか或は原告自身の申告なのか)については争があるが、原告が被告に対し三二年分の所得税の確定申告書として提出した書面であることについては弁論の全趣旨により争がないと認められる乙第一号証は、四頁からなる横書きの書面で、不動文字で印刷された事項欄に必要事項を記入する形式になつており、ボールペンで一頁の欄外に住所(居所)「宇都宮市池上町3038」、氏名「玉木キヨ」と記入されているほか、主な記入事項は、一頁の所得金額の計算A欄にボボールペンで営業種目「飲食」、営業所得の生ずる場所「宇都宮市池上町3038番地」、収入金額「1,492,105円」、インクで所得金額「143,000円」と記載され、B欄にボールペンで給与種目「玉木栄吉」、給与の支払者「市役所、国(恩給)」、収入金額「150,038,739円」、インクで給与所得控除額「8,047円」、所得金額「32,192円」との記載があり、一頁末尾に合計としてインクで「175,192円」と記載され、又二頁には5社会保険料控除欄に社会保険の種類及び保険料としてインクで「国民健康保険3,400円」、6生命保険料控除欄に保険金受取人の氏名保険料としてボールペンで「大同火災保険会社4,500円、簡易保険3人34,200円」と記載され、7扶養控除欄に氏名続柄生年月日として「玉木栄吉世帯主31.6.30、玉木キヨ妻36.5.4、玉木芳夫長男昭20.9.10」と記載され、三頁には受給者国保運営協議会委員玉木栄吉、給与支払者宇都宮市長なる源泉徴収票が貼付され、源泉で徴収される税額として前記市役所並びに恩給の金額がインクで記載され、更に四頁にはインクで住所「市内池上町3,038」、氏名「玉木キヨ」(栄吉)と記載されてその名下に「玉木」の印が押捺され、次に納める税金の計算として所得金額一七五、一九二円、控除額合計一八四、四〇〇円及びその内訳が記載され、「33.3.15収受、宇都宮税務署」及び「申告是認」とのスタンプが押され、末尾に「添田」という割印がある。
而してかかる確定申告書が被告に対し提出されるに至つた事情について検討すると、成立に争のない甲第五号証の一、同第六乃至第九号証、同第一二号証、乙第二乃至第四号証、同第一九号証の一・二、証人玉木キヨ、同添田重夫、同栗原一男、同藤沼実、同藤本作太郎の各証言並びに原告本人尋問の結果を総合すると次の事実が認められる。
(1) 原告は昭和二年四月頃から宇都宮市池上町三〇三八番地において玉木薬局という名称のもとに薬品販売業を営んでいたが、昭和二九年頃から営業不振に陥り、昭和三二年に入つて遂に閉店の已むなきに至り、同年六月二五日宇都宮税務署、宇都宮市役所、栃木県税事務所に対し同年一月一日から休業中である旨の薬品販売営業休業届を提出した。
(2) 原告家では昭和二九年九月頃から玉木薬局の一部を仕切り、原告の妻玉木キヨ名義で飲食店営業の許可を受け、やよい食堂という名称のもとに飲食店営業を開始したが、玉木薬局の閉店に伴い昭和三三年二月頃同市江野町三一一四番地に移転し、右営業を継続して現在に至つている。
(3) ところで昭和三〇年度及び昭和三一年度の所得税の確定申告にあたつては、薬局及び飲食店営業が併存していたので、原告は便宜上右二個の事業所得につき原告名義一本で確定申告をし、被告もこれに従つて原告に対し右事業所得に課税をしてきたのであるが、昭和三二年度の確定申告にあたつては、既に薬局は閉店していたので、妻キヨと相談の上、飲食店の営業許可名義人で且つ米飯提供業者の登録も受けていた玉木キヨ名義でその事業所得につき確定申告をすることになり、確定申告書用紙(乙第一号証)にボールペンで必要事項を記入し、なお家族である原告の所得を明らかにする必要があると考えて原告の源泉徴収票を貼付の上、原告が右申告書とキヨの実印を持参して申告締切期限前日の昭和三三年三月一四日宇都宮税務署に出頭し、担当の同署所得税課所得税第二係員添田重夫事務官に右確定申告書を提出した。
(4) これより先宇都宮税務署では、前年分までの課税台帳にもとづき飲食店営業の経営者も原告であるとして取扱い、昭和三三年二月一五日頃確定申告指導のため原告に対し確定申告書用紙第一頁の欄外に原告の氏名を記載したものと納付書用紙説明書及び注意書を郵送し、同月末頃迄に同税務署に出頭するよう勧告したが、原告は出頭せず、同年三月一四日に至つて原告から確定申告書(乙第一号証、但しボールペンで書かれた部分以外は未記入)が提出されたのであるが、これを受理した添田事務官は右申告書第一頁の欄外に玉木キヨと記入されているのに気付かず、当初から原告が確定申告をするものと誤信して取扱い、(確定申告書用紙は税務署において必要があれば何人に対しても交付するのであるから、郵送された以外の申告書が使用されることも十分予測できる筈であり、右玉木キヨの名義には十分注意を払うべきであつた)、右申告書には必要記載事項が相当空白のままになつていたので、原告の説明を聞きながらペンとインクで右申告書の空白となつていた欄に必要事項を補充し、第四頁の申告者氏名欄に「玉木栄吉」と記入し、又第四頁末尾の受付書(甲第一二号証)にも「玉木栄吉」と記入して原告に捺印を求めたので、原告は持参したキヨの実印をこれに押捺して右申告書を提出し、添田事務官は申告書第四頁に申告是認のスタンプを押して右申告書を受理し、受付書に「添田」の印を押捺し、更に申告書と受付書との切取線上に「添田」の印を割印として押捺した上これを切離し、原告に右受付書を交付した。
(5) ところが原告は右のようにして申告書を提出した直後、受付書に「玉木栄吉」と書かれていることに気付き、栄吉が申告するのではなくてキヨが申告するものである旨を抗議したので、添田事務官又はそこに居合せた係員が、前記申告書第四頁の「栄吉」を括孤で閉じてその上部余白に「キヨ」と記入し、又受付書の「栄吉」の二字の上に二本の線を引いてこれを抹消し、その上部余白に「きよ」と記入した。
以上の事実が認められ、前掲各証言並びに本人尋問の結果中、右認定に牴触する部分は採用しない。
右の点に関して証人添田重夫は、確定申告書を受理したときは右申告書第四頁と受付書に玉木栄吉と記入しただけで、更にこれをキヨ又はきよと訂正したことは絶対にない旨供述しており、確定申告書第四頁の氏名欄には栄吉の文字を抹消せずに括弧で閉じてその上部余白に片仮名で「キヨ」と記入し、しかも訂正印が押捺されていないこと、又受付書には栄吉の二字を二本の線で抹消しその上部余白に平仮名で「きよ」と記入されているが訂正印が押捺されていないこと等からみて、受理当時かかる記載があつたかどうか疑わしくはあるが、原告の保管している受付書の「きよ」という訂正はともかくとして、証人添田重夫の証言によれば、確定申告書は一旦受理された以上税務署内に保管され、署員以外の者がこれを持出したり訂正加筆したりすることは到底不可能と認められるから、仮りに添田事務官が受付の際に訂正したものでないとしても、右受付の際又はその直後原告からの抗議(キヨの申告書として提出したものである旨の)により、ほかの税務署員が玉木キヨの申告書と認めて訂正加筆したものというほかはない。また前記確定申告書の記載事項を検討すると、(1)一頁B欄の給与所得欄には原告の所得が記載されていること、(2)二頁7欄には原告が世帯主と記載されており、同頁5欄には世帯主が負担すべき国民健康保険料が記載されていること、(3)三頁には原告の所得に関する源泉徴収票が貼付されていること、(4)四頁の予定納税額欄には原告が営業主として納付した前年度分の所得税額を基準として算出された予定納税額が記載されていること等が認められ、そしてこれらのものは原告が納税義務者として確定申告をする場合に記載すべき事柄であるから、右確定申告書はその内容から見て原告が申告者として提出したものと認められる余地がないでもないが、然しながら右のうち(2)及び(4)は前記認定事実によれば、前年度までの課税台帳に原告が営業主として記載されているため、昭和三二年分も原告が確定申告をするものと頭から思い込んで取扱つた添田事務官が、税務関係の法規につき格別の知識を有しない原告から所要事項記入の代筆を依頼されたため、同事務官において原告の申告として必要な事項として補充したものであり、(1)及び(3)は前述の如く税務関係法規をよく知らない原告が玉木キヨの申告をするについて、その家族としての所得をも明らかにする必要があるものと考え記入或は貼付したものであつて、又そのことは第二頁7扶養控除欄に原告の名が記載されていることから見ても十分うかがえるから、これらの点を考慮に入れれば右申告書は内容的にみても必らずしも原告の申告として万全なものとはなし難い。
(四) 而して以上認定したところによれば、原告は最初からキヨの代理人としてキヨ名義の確定申告書を提出するつもりでキヨの実印を持つて出頭し、乙第一号証の確定申告書を係官に提出したのであるが、たまたまこれが受付けの衝に当つた添田事務官が、右申告書の冒頭に「玉木キヨ」と書かれていることに注意もせず、頭から原告自身が申告するものと勘違いして、必要的記載事項の空白欄に原告自身の申告としての内容を記入して右申告書を完成したが、その直後において原告からキヨの申告である旨の抗議をうけて、右添田事務官又は其処に居合せた他の係官が、申告者の名前だけを訂正してやつたが、その他の内容の記載事項を訂正してやらなかつたため、本件の如く形式と内容が矛盾する申告書が出来上つて了つたことが明らかであつて、これは寧ろ右申告書の取扱いの衝に当つた係官の落度(少くとも不親切)というべく、右のように係官が勘違いして原告の意思に基かずに原告の申告としての内容を有する記載事項を記入して了つたのに拘らず、それを訂正もさせずに、原告の意思を無視して、右申告書の記載内容自体から見てこれを原告自身の申告であると断ずるが如きことは、法律上は勿論人民の公僕たる公務員としての立場からも到底許されるものではない。
尚被告は前記飲食店営業の実質上の経営者は原告であると認められるから、本件確定申告書を原告の申告として取扱つたことは適法であると主張するものの如くであるが、申告をなした者が誰であるかということと実質上の事業の経営者(従つて法律上申告義務を有する者)が誰であるかということとは別個の問題である。而して申告納税の建前をとる以上、申告をなした者が誰であるかは、既に述べた如く専ら申告書に申告者として表示されたところによつて判断さるべきもので、申告書に記載された申告名義人の表示が錯誤に基くとか、明らかな書誤りであるとか、又はその記載が不明瞭であるような場合にのみ、申告者の意思及び申告をする際の情況並びに申告書の内容等を参酌して、申請者が誰であるかを判断することが許されるに過ぎないものと解すべきである。ところで本件においては前述の如く、乙第一号証の申告書第四頁に申告名義人として玉木栄吉と玉木キヨ両人の氏名が表示してあり、そしてその内容は原告の申告であると見えるような記載がなされているのであるが、右申告をなすについての原告の意思、及び右のような申告名義の記載並びに内容の記載がなされるに至つた事情が前記認定の通りである以上、本件確定申告書の申告者は玉木キヨであると認めるべきであつて、かりに右飲食店営業の実質上の経営者が原告であるとしても、これを理由に申請者の意思も顧みずに本件確定申告書の申告者が原告であると断定したことは法律の解釈運用を誤つたものというべきである。
そうすると本件確定申告書の作成名義は玉木キヨであり、原告が玉木キヨの代理人として玉木キヨの昭和三二年度の所得税の確定申告書として被告に提出したものと認めるべきである。然るに被告はこれを原告より確定申告書の提出があつたものとして、原告に対し本件更正処分をなしたものであるから、右更正処分は所得税法第四四条第一項第四項に違反し、無申告者たる原告に対しなされたものであるから、取消さるべき瑕疵が存することが明らかである。
(五) 被告は仮りに本件更正処分に原告主張の瑕疵が存するとしても、事業の所得者を原告と認めて合算課税すると、原告の納付すべき総税額は更正処分の税額に対し二三一、二九〇円超過し、又原告の主張どおり飲食店営業の所得を分離して計算すると一五二、六二〇円超過することになり、本件更正処分は何等納税義務者たる原告に不利益を与えるものでない旨主張する。
然し乍ら前述の如く政府が国民に対し所得税を賦課する場合においては、所得税法に従い適正に行うことを要するのであつて、本件更正処分に前述の如き不適法の瑕疵がある以上、その経済上の得失に拘わりなく、原告はこれが取消を求める法律上の利益を有するものである。のみならず本件更正処分が取消された結果被告主張どおりの無申告決定がなされた場合においても、原告がこれを不当とするときは、その実質的形式的瑕疵を主張して右無申告決定に対し再調査及び審査の請求をなし、或は右処分の取消又は変更を求める訴を提起してその当否を争うことができるから、必ずしも被告主張の如き不利益を蒙るものとは限らず、従つて原告に本件更正処分の取消を求める法律上の利益がないという被告の主張は採用できない。
(六) 而して、原告は被告に対し本件更正処分について所得税法第四八条により再調査の請求をなしその取消を求めたが、被告は右更正処分を正当として原告の請求を容れなかつたので、原告は更にその上級官庁たる関東信越国税局長に対し同法第四九条により審査の請求をなしその取消を求めたが、同局長は昭和三四年五月二三日附をもつて原処分を正当として原告の請求を棄却し、その旨を原告に通知したことは当事者間に争がなく、原告は同法第五一条第二項により右通知を受けた日から三ケ月以内である同年八月二二日に本訴を提起したことは記録上明らかである。
以上の次第であるから、本件更正処分は違法であつて取消を免れないところ、右処分を取消すことが公共の福祉に適合しないと認められる何等の事情も存しない。
よつて、原告のその余の主張について判断するまでもなく、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 石沢三千雄 橋本攻 竹田稔)
別紙(一)
区分
(ア)申告
(イ)更正
(一)総所得金額
一七五、一九二円
二、八六五、〇二五円
内訳(1)事業所得(飲食店営業)
一四三、〇〇〇
一四三、〇〇〇
(2)給与所得
三二、一九二
三四、二三七
(3)譲渡所得
―
二、六八七、七八八
(二)所得控除額
一八四、四〇〇
一八四、四〇〇
内訳(1)社会保険料控除
三、四〇〇
三、四〇〇
(2)生命保険料控除
二一、〇〇〇
二一、〇〇〇
(3)扶養控除
七二、五〇〇
七二、五〇〇
(4)基礎控除
八七、五〇〇
八七、五〇〇
(三)課税総所得金額
〇
二、六八〇、六〇〇
(四)所得税額
〇
八九六、三六四
(五)源泉徴収税額
―
三、九二〇
(六)差引申告納税額
―
八九二、四四〇
(七)過少申告加算税
―
四四、六〇〇
(八)税額合計((六)+(七))
―
九三七、〇四〇
別紙(二)省略
別紙(三)
区分
(ア)更正
原告請求額(所得分離)
所得合算の場合の算出額(ウ)
増差税額
原告分(イ)
玉木キヨ分
(イ)―(ア)
(ウ)―(ア)
円
円
円
円
円
円
(一)総所得金額
二、八六五、〇二五
二、七二二、〇一五
一四三、〇〇〇
二、八六五、〇二五
―
―
内訳(1)事業所得(飲食店営業)
一四三、〇〇〇
―
一四三、〇〇〇
一四三、〇〇〇
―
―
(2)給与所得
三四、二三七
三四、二三七
―
三四、二三七
―
―
(3)譲渡所得
二、六八七、七八八
二、六八七、七八八
―
二、六八七、七八八
―
―
(二)所得控除額
一八四、四〇〇
八七、五〇〇
一五九、四〇〇
八七、五〇〇
―
―
内訳(1)社会保険料控除
三、四〇〇
―
三、四〇〇
―
―
―
(2)生命保険料控除
二一、〇〇〇
―
二一、〇〇〇
―
―
―
(3)扶養控除
七二、五〇〇
―
四七、五〇〇
―
―
―
(4)基礎控除
八七、五〇〇
八七、五〇〇
八七、五〇〇
八七、五〇〇
―
―
(三)課税総所得金額
二、六八〇、六〇〇
二、六三四、五〇〇
〇
二、七七七、五〇〇
―
―
(四)所得税額
八九六、二六四
八七六、〇八〇
―
九三九、〇〇〇
―
―
(五)源泉徴収税額
三、九二〇
三、九二〇
―
三、九二〇
―
―
(六)差引申告納税額
八九二、四四〇
八七二、一六〇
―
九三五、〇八〇
△二〇、二八〇
四二、六四〇
(七)過少申告加算税額(五%)
四四、六〇〇
―
―
―
△四四、六〇〇
△四四、六〇〇
(八)無申告加算税額(二五%)
―
二一七、五〇〇
―
二三三、二五〇
二一七、五〇〇
二三三、二五〇
(九)税額合計((六)+(七)+(八))
九三七、〇四〇
一、〇八九、六六〇
―
一、一六八、三三〇
一五二、六二〇
二三一、二九〇
(注) (イ)と(ウ)の加算税額の計算の基礎となる増差税額は、「(六)差引申告納税額」から予定納税額二、〇六〇円を控除した金額である。